足音がする、
耳に肩に背に、迫る、
もうはじまる
はじまる
恐れているなにかが









ただいま、と言いかけてぱくりと口を閉じた。
家の中が暗い。

(母さんまだ帰ってない…?)

時計を確かめてみる。
ラビと公園で話をしてから帰ってきたので少し遅くなってしまったと思ったくらいなのに。とりあえず薄暗い廊下をペタペタと歩いて、は台所へと向かった。いつもなら夕食の時間だ。昨日寝ていないせいで眠気もすさまじいけれど、とにかく、お腹がすいてしょうがない。グゥグゥグォオオオと勇ましい音を上げている腹をさすって、電気もつけずに冷蔵庫をパカリと開けた。

「…何もない…」

冷蔵庫の電気に照らされて、がっくりと肩をおろす。
すぐに食べれるものがない。牛乳プリンをこの前こっそり自分用に残しておいたはずなのだけど、それもなくなっている。どういうことだ。
いっそ生肉にそのままかぶりつこうかと少し迷ったけれど、流石にそれはやめておいた。かわりに炊飯器を開ける。かろうじて白米はほかほかと炊いていた。

「ひもじい…」

茶碗によそったそれをとりあえず平らげてため息をつく。
あまりの空腹に悲しいやら腹立たしいやらで、今ここに居ない母を恨んだ。チクショウあのオッサンと呟いて大きくあくびをする。文句は帰ってきてからたっぷり言ってやろうと決心して、ソファに身を投げた。とりあえず、寝てしまおう。睡眠で食欲を忘れてしまおう。それしかない。
すぐに意識にもやがかかり、うつらうつらとする。
脳裏にさっ、とあの男の顔が浮かんで、微かに胸が痛む。

あの夢は一体なんだったのだろう
あの後、どうなったのだろう
一体、どうしてあの人は自分のことを知っていたんだろう
不思議だなぁ
だなぁ…なぁ………
ぐぅ

夢うつつで、背中にミシ、と何か軋む音がしたような気がして、オッサン帰ってきたら食っちゃるぞ、と呟いた。もちろん、返事など返ってくるはずもなく、静けさがを包む…。

「オッサンて?」

(………?)

「…オッサン…?うちの、母親兼父親のー…ていうか元父親の現母親のこと、で……」
「あ、そうなんだ、そっちの人なんだ」

(………おや?)

「ニューハーフっていうの?」
「そう、そうだよ…そうなんだけど…

…………………

夢のふちから現実に強制送還された。
夢かなぁ、と疑いながら、けれど、確実に感じる気配に、大きく息を吸って瞼に力を込めた。心を落ち着かせようと1、2、3、
数えて
決死の思いで瞼を押し上げ開けた視界に入った笑顔に、盛大に叫びをあげた。




ギャー!!!





「ッ鼓膜破れるって…」
やぶれてしまえ!なんでここに…?!」

飛び上ってソファの上に仁王立ちになり、すぐそばにひざまづいた男を見下ろす。一体どういうことだ!一体、一体、どうやって!

「なんで、どうして…!」

昼間の、あの男が。
鍵を閉め忘れただろうかと玄関に目を向けると、男はそれを察したのか、違う違うと手を振って笑った。

「二階の窓が開いてたよ」
不法侵入!

いい笑顔を浮かべる男にのけぞった。ありえん。
というか

「なんで、そもそも、家が…!」
「わかるよ」
「だからなんで?!」

ラビの言った「不審者」の文字が頭を点滅する。これは本当にまずいかもしれない。頭がグルグルとする。いやいや、でも、と頭を振って、パニックになってまたギャーギャーと騒ぎ出したいのをぐっとこらえた。微笑んでいる男の前、ソファの上に正座して、緊張しつつ男と視線をあわせた。

「…ミックさん」
「ティキだよ」
「…ティキさん?」
「ティキ」
「じゃ、あ、ティキ」

言った瞬間自分の中の何かがチクリと心臓を刺したのだけど、それはとりあえず無視をしておく。興奮してはいけない、刺激してはいけない。相手はちょっとオカシイ。いや、危ない人かもしんない。落ち着いて、落ち着いて。
大きく息を吸って、ヘヘッと微笑みかけた。

「あの、ですね」
「うん」
「こういうのね、困るんですよね」
「ほう?」
「なので…あのー、言いにくいんですけど…」
「いいよいいよ、何でも言って」
「(好感触!)…じゃあ、帰ってください」
嫌です
貴様っ!

不審者!これもー絶対不審者!アウト!アウト!頭おかしいよ!
立ち上がり、ティキの胸倉を掴んだ。

「こういうのは不法侵入って言うんですよ犯罪なんですよもうすぐ母(父)も帰ってくんですよそしたら本当に通報されますよていうかアンタさっきどうなったんだよ?!良く逃げ切ったな!」
迫り来る警官を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、」
どんだけ?!

もういいわ!と気が緩みそうな会話を打ち切って、はティキの胸倉を掴んだ手に力を込めた。

い ま す ぐ 出てってください!

どっせーいと胸倉を掴んだままティキの身体を扉の方へと放る。火事場の馬鹿力だ。綺麗な孤を描いて床に着地したティキは、けれどきょとんとした顔でに振り向いた。

「お母さん、(あれ、お父さん?)帰ってこないんじゃね?」
「…………………、は?」

ほら、とティキは胸元からサッと紙切れを取り出した。一体どういうことかと飲み込めずに首をかしげると、ティキはその紙を広げて読み上げた。

「『中国の奥地に住むという料理の神とやらに会ってきます。ていうかツブす。じゃーねん!ママより』」
「………」

次の瞬間飛び上ってティキの手の紙をひったくった。そこには見慣れた母(父)の筆跡。信じられなくて何度も何度も読み返した。手がわなわなと震える。




あのクソジジィィィイイイィぃ!!!!!


ッ鼓膜が!




世界の終わりで
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前回とだいぶ間が空いてしまいました…
急展開ですが、とりあえず次でひと段落です

ちゃんのお母さん(お父さん)はあの人です、ええ(いい笑顔)