肺が痛い。
「…ほんとに、アホ」
「、髪ぼさぼささ」
「そりゃこれだけ走ればねまぁ髪もボサボサになるわよちなみに息も切れてます(ゼェゼェ)」
「逃げられたんだから良かったさ」
「良くないって。ミックさんどうすんの!警察連れて行かれちゃってたら!」
「ああ、またこの世から悪が一つ減ったなぁって思う」
「(…)」
はぁ、とため息をついてベンチに腰掛ける。の脚がヒィヒィと悲鳴をあげはじめたあたりで、ようやくラビは足を止めてくれた。近所の公園だ。空が赤から紫に変わる今、子供たちの姿はちらほらと消えていっている。
「…ミックさん警察行っちゃったかな…戻ろっか…」
「だめさ。大体なにさミックさんて」
ラビが不満そうに言いながら正面へしゃがみこんだ。何をそんなに怒っているんだろう。
「あれは不審者さ、変質者さ、犯罪者さ」
「…なんでそんなに怒ってるのよ」
確かに変な人だった、不審だった、若干犯罪のにおいもした、けれど、あの笑みや瞳や声に、嘘やそういう下心が潜んでいるようには見えなかった。ラビがそんな風に怒ることないのに。
(なにより)
(おかしいのは)
彼だけじゃない。
無意識に左手を握りしめる。
ああ、なんだか変なことばかりだ、昨日から。
アンラッキーよりもいっそ性質が悪い。
「俺から言わせればが怒らない方が変さ」
ラビの左目がじぃと見上げてくる。しばらく見詰め合って、それからのけぞり、空を見上げた。赤と青と紫と黒とがぐちゃぐちゃに、けれどきれいに、混ぜ合わさった、そら。
「…わかんないの」
どうしよう
わからない
「困ったわ」
「…なんなんさ」
ラビが深くため息をついて隣に腰掛ける。ギシ、とベンチが揺れた。
「やっぱ変かなぁ」
「変さね(そして不満さね)」
「そうよねー」
カァ、とカラスが鳴く。
「ちょっとね、気になるのよ」
「どういう意味さ」
「…わかんないって」
「…そっか」
ラビは諦めたように頷いて、それから、不意にの手を握った。また引っ張られたらたまらないと思いながら、ラビと目を合わせる。
「なに?」
「いやぁ、何かね」
たいがい、ラビも良くわからない。
「まぁ、良いさ、変質者のことは」
「…(大丈夫かなぁ)」
とりあえず目を閉じた。風が髪の間をすり抜けてく。
なぜだか妙に落ち着いた。
「震えとまったさね」
震え?
握られた手を見下ろす。
私震えてたの、とたずねると、ラビは小さく頷いた。
「…そっか」
息は落ち着いたはずなのに、心臓はまだドクドクときつく脈打っている。
ああ
自分はきっと怖かったのだ、と思う。
知りたいと思ったのに、それと同じくらい。
怖かった、あの男が。
どうしてか、
なぜか
ああ、不可解だ。
うれしいのにこわかった?
どうして自分のことなのに理解ができないんだろう。
(現実と夢の間があいまいだ…)
あれは
悪夢だったのかもしれない
悪夢が追いかけてきたのかも。
(なら、どうしてうれしいと思ったの)
恐怖と喜びと。
すべてが合わさってぐちゃぐちゃになる。
むりやり、むりやり目を閉じる、きつく
の手を握ったラビの指に、力がこもった。
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