最近ついていない。 席替えで教卓前になった。 (友達には合掌された) 化学の担任には集中力がない、と怒られた。 (あんな複雑な化学記号を、一時間ただ眺めていろって言うのか!)(横暴だ!) 黒猫は一日に三度目の前を横切るし、ここ数日で転ぶは数知れず。 バスには必ず乗り遅れるし弁当を家に忘れることもまた、数知れず。 すべては、 と思う (注意力が散漫なのも転ぶのも忘れっぽいのも寝坊が多いのも) すべて、すべて、あの、悪夢のせいだ あ の あ く む の 「ー」 「…んー?」 「顔、死んでるさ」 「…」 友人の辛らつな、そして正直な言葉に引きつり笑いを浮かべて、はああ、とうなだれた。夕日が肩にあたたかい。 「生きろ!」 「生きてるよ、いちおう」 生きている どうしようもないくらい、眠いのだけど。 友人はしっかりしろさぁ、との背をたたき、角を曲がっていった。手を振りながら。その姿に、気だるげに左手を肩まで持ち上げ、小さく振りかえす。きっと、今の顔も「死んでる」んだろう。 左手。 は胸の前まで戻した自分の手のひらに視線を落とした。 悪夢の中で、 はどうしてかこの手で剣を握っている。 荒い息の中で。 何かを探しているのか、それとも、何かから逃げているのか。 暗闇の中を疾る。 これは自身の感情なのか、いまいちはかりかねるのだけど、胸は焦燥感と、切なさと、悲しみといたわりといとしさと、とにかく複雑な想いで混沌としていて、それはひどく、ひどく、ひどく悲しい。 かなしい 身が裂かれるほど、苦しい。 「ねむい…」 つぶやいて、は目をこすった。 でも寝てしまえばまたあの悪夢が忍び寄り、そして荒々しいほどのその悲しさと苦しさと痛みで意識を奪い取ってゆくから、こわい。 夢の終わりに、見たこともない、けれど妙に胸を焦がす影がを見て笑う。 さいごに、と、 『 さいごに、お前を手に入れるのは俺だって証明してみせるよ』 これが悪夢だと思うのは、夢から覚める、その目の前が次第に暗くなっていくさまがまるで死に落ちるような感触を持っての意識を捕らえるからで、だから、はこの夢が嫌いだ。 まるで繰り返し死を体験するようで。夢とは言っても。 今際の際の言葉のように、唇が、ひとこと、会いたい、と漏らすのも、どうしてか恐怖だ。 目覚めると、胸を焦がすような切なさで、目じりからつぅと涙が落ちる。 会いたい (恐怖なのに?) ふと、は歩みを止めた。 「…?」 夕日を背にした黒い影が少し離れた道の真ん中に立ちはだかっていた。ぽっかりと。まぶしさに一瞬目を細めて、顔の前に手をかざす。その姿は、目が慣れれば直に長身の男のものだとわかった。どうしてか、キッチリとしたスーツを着込んでいる。サラリーマンという風にはどうしてか見えなくて、は訝しく思いながらそろそろと道の端に寄った。妙に心臓が脈打ち始めたのも不思議だった。 (変な人) 逆光でよくは見えないけれど、近づくと男が割合に若いということがわかった。心臓がおかしなほど早鐘を打つ。 (…変な人) もう一度思って、はさっさと横を通り過ぎようと歩調を速めた。なぜだかいやな予感がする。ああ、今日はもう何事もなく終わりますように、(今日だって黒猫がもう四度も目の前を横切ったのだから!)(いつもより若干大目!) けれど。 いやな予感というのは、往々にして当たったりするもので。 「お嬢さん」 不意に男が言った。テノールの、耳に優しい声だというのに、ドキリ、と心臓が大きく脈打つ。お嬢さんて、まさか自分じゃないだろうと知らないふりをしながら俯き、足早に進む。男の視線を痛いほど感じたけれど。 「そこのやつ」 男は声に笑みを含ませて、言い換えてきた。こんないたいけな少女に、「そこのやつ」!は顔は俯かせたままで道を見回した。他に「そこのやつ」が転がってるんじゃないか。けれど視界に入ったのは生憎、人っ子一人いない夕方の道。ああ! 「お前だよ」 とうとう男の声に観念して、は恐る恐ると足を止めた。顔を上げると、存外近くに男が立っている。前髪を上げた、その下の褐色の肌。目鼻立ちはきっと十人いたら全員が全員振り返るだろうと思うほど端整だったのだけど、は目を見開き、それから左胸をぎゅうときつくつかんだ。心臓が痛いくらいに脈打つ、おかしい。こわい。 「…誰、ですか?」 左目の泣き黒子。 男は妙におかしそうに微笑んだ。 「…やっと見つけた」 見つけた? はじめて会ったはずだ、間違いない。思いながら、どうしてか、「見つけられた」というのは今の恐怖や、焦燥感や、どうしてか感じる喜びの理由としては的を得ていて、は思わず小さく首を振った。ちがう、ちがうちがう (今日は黒猫が目の前を四度も通り過ぎた) (バスには乗り遅れた) (当然遅刻した) (弁当は忘れた) (財布も忘れてた)(絶望!) だから、だから これ以上の不幸なんてもういらない (でもこれは不幸?) 「二世紀も待たせやがって、遅いんだよ」 二世紀 二百年の間 ずっと探し求めた 「勝手に先に逝きやがって」 「もっと、早く生まれてきてくれよ」 男はあきれたように笑いながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。足が竦んで動かない。ああ、どうしてあそこで友達と別れたんだろう、お願い、今からでも戻ってきてくれないだろうか、渡し忘れたものがあるとか、今日のお昼代さっさと返せとか、そんな理由で良いから、だから 「」 ? 知らない、そんな人間は なのに、どうしてこんなに懐かしい、どうしてこんなに苦しいくらいに 心臓が痛い 怖いのは、怖いのはそう、 うれしくて、いとしくて、せつなくて、くるしくて、死にそうになってしまうからだ 「ち、がう、ちがう、ちがうちがう」 「違わない」 男の指が頬に触れた。そこでようやく、自分が泣いていることに気づいた。のどが、ヒ、と鳴る。気づけばヒックヒックとみにくく、しゃくりあげていて、は頬を思い切りこすった。男が笑う。こすったら赤くなる、とつぶやいて、まぶたに柔らかく唇を寄せた。 「ずっと」 「ずっと、ずっと探してた」 ずっと? ずっと ずっと 「…わからない」 がつぶやくと、男は笑って、じゃあどうして泣く、と尋ねた。 それだって、わからない ただ ただ わからないけれどでも 「…会い、たかった…」 唇が震えた、 会いたかった? それは自分の意思ではなかったような気もしたし、心の、魂の底からの言葉にも思えた。ただ、会いたかったと唇は囁いた。 男は驚いたように目を見開き、それから急に苦しそうに顔をゆがめて、の体をきつくきつく抱きしめた。 「会いたかった」 男は言った。 「俺だってずっと、ずっと会いたかった」 熱い腕が、背中をきつく抱く 痛いほどに。 涙はおかしいくらいにぼろぼろと溢れた 体中が、恐怖と、それ以上の切なさで引きちぎれそうだった は男の肩口で、ゆっくりと瞬きした。陽が落ちる。暗闇が訪れる。 ゆめの、おわりのように、 「わかったろ?」 男が体を離し、微笑んだ。 さいごに、お前を手に入れるのは俺だって 二つの世紀をまたいで |
世界の終わりで夢をみる
続き→
友情出演(脇役):ラビ
(うわぁ)
中途半端な使いかたしてごめん
前世エクソシストだったヒロイン
こんなんでも原作沿いの前身をアレンジしたものです
ぜんぜん違う話になっちゃったけど
短編ぽく続く予定です
このままじゃ何がなんだかわかんないし