(要するに…) アレンはコムイの話を反芻した。 つまり、アクマに使用されているダークマターと相反する存在としてイノセンスは存り、ひとつのイノセンスにひとりが適合し得る。それがエクソシストであり、そのイノセンスの力によって唯一千年伯爵と戦う力を持つということだ。この左手の十字架。これが、イノセンスなのか。アレンはまじまじと自分の手を眺める。 「我々はまず、各地に眠っているイノセンスを回収し、伯爵を倒せるだけの戦力を集めなければならない。伯爵もまたイノセンスを探し、破壊すべく動いている」 アレンをまっすぐに見詰め、コムイは言った。 「イノセンスの争奪戦だ」 我々がこの聖戦に負けた時 終末の予言は現実となる。 「戦え」 大元帥の声が響く。 「それがイノセンスに選ばれたお前の宿命」 「宿命なのだ…」 アレンは手を握り締めた。世界が終焉を迎えないために、戦う。この神の道具で。 (…重いな…) それは、ひどく重い。 重いけれど、しかし、自分が確かに選んだ道だった。 「ま、そんなところだ。以上で長い説明は終わり♪」 コムイが明るく言った。悪戯っぽくウィンクし、右手を差し出す。 「一緒に世界の為にがんばりましょう。一銭にもなんないけどね」 「…はい」 アレンも微笑んで、その手を握った。 「ようこそ黒の教団へ!」 うしろから、がアレンの肩に腕を回しのしかかってくる。突然の衝撃に、アレンは息を詰まらせた。 「っ…(重い!)」 「ようこそ、アレンッ」 は悪びれもせずにアレンにのしかかったまま頭をよしよしと撫でる。 コムイはうんうん、ほほえましいね!と言い、指を一本立てた。 「現在エクソシストはキミの入団で19人となった」 「ちなみに私が18人目」 が後ろから言う。 「そそ、アレン君はが一年前に入団して以来の入団者だからね!他のエクソシストのほとんどは世界各地に任務で点在してるけど、そのうち会えることもあるだろう」 アレンが頷くと、コムイはすぐ横のヘブラスカを指差した。 「ちなみにヘブラスカもエクソシストのひとりだよ」 「えっ!?」 顔が怖い発言に傷ついていたらしいヘブラスカだったが、少し回復したのか頷いた。 「お前達と…タイプはだいぶ違うが…………私は例の石箱の適合者として…教団の創設時からずっといるイノセンスの番人だ…」 イノセンスの、番人。 アレンがへぇ、と頷くと、ヘブラスカは微笑んだようだった。 「たくさんの…エクソシストと出会ってきた」 そのあとに何か続けようとしたのか少し間をおいて、ようやく、アレン…お前に神の加護があらんことを…とつぶやいた。素直に嬉しい。アレンが頷き礼を言うと、の腕が首を絞めた。 「ぐぇっ!」 「ねぇ、アレンの部屋、決まってるんでしょう?どこ?」 「ああ!奇遇だね、アレン君の部屋はの隣室だよ〜」 「ぐぇっ?!」 アレンがのどを絞められたまま目を白黒とさせた。隣室?!がやったーと喜んでいる傍で、アレンは不安で胸がいっぱいになった。 いや、悪い人ではないというのはわかっているんだけれどそういうことでなくて、初対面でカンダをふっとばしたりひきずったり痙攣させたりとかイメージが結構アレだよていうか苦手かもしんないこの人なんか違う意味で怖いそもそも今も喉しめられてるし苦しい苦しいていうか死ぬぐぇ! 「、アレンくん苦しいんじゃないかい?」 ようやくコムイが指摘してくれた。が、あ、ごめん、と手を放すと、一気に空気が肺に入ってくる。 「大丈夫?」 「…い、ち、おう…?」 ケホケホと軽くせきをしながら、アレンはこっそりため息をついた。 「あ」 エレベーターが上昇をはじめると、不意にコムイが声を上げた。 ひたすらアレンの頭を撫でていたが、ん?と首をかしげる。(ていうかハゲる!byアレン) 「、そういえばさぁ、何か忘れてない?」 「?忘れてる?」 「そー」 言いながら、コムイが頭上を見上げる。は忘れてる、とつぶやき、不意に顔を青くした。アレンが首をかしげて彼女を見上げると、不自然なほどぎくしゃくとした動きで此方を見下ろし、微笑む。 「…あー…忘れてた…」 「?何を…」 それはアレンが聞き終わるよりも早かった。 ドッンッッ…ッ!!!! 「?!」 轟音を響かせて、エレベーターに何かが着地した。その禍々しい気配に、アレンとの喉がヒッと鳴る。コムイだけがのんきな様子で、着地してきたその黒い影にやぁ、と片手を挙げた。 「神田、任務ご苦労様」 「…見つけたぜ」 コムイをあっさりと無視し背を向けたのは、ギラギラと光る目で此方を覗き込む神田だった。手にはあの刀を構えており、体中から黒いオーラが漂ってきている。はアレンを後ろにし、汗がびっしょりと伝う手を胸の前でふった。 「いや〜神田ぁ〜探したぁ?へ、へへへ、へへへへへへ」 人間、絶対的な恐怖を前にすると笑うしかなくなるものらしい。は無意味な笑いを響かせながら、ゆっくりと後退した。自然、アレンも後ろに下がる。神田は口元に酷薄な笑みを浮かべ、ああ、と頷いた。 「探したぜ、このバカ女」 「(バカ女…)」 神田の鼻が赤いような気がする。アレンはの後ろから神田をびくびくと覗き込み思った。神田は頬をぴくぴくと痙攣させながら笑みを浮かべる。と、刀を振りかざした。 「くたばれ」 「ギャ――――――ッ!!」 神田の六幻がすぐ傍の床に突きささる。は目に涙を浮かべながらギャーギャーと騒ぎ刀を間一髪でよけた。アレンも顔を青くして、とにかくずりずりとから離れる。 「神田!落ち着いて!たのむから!!」 がしりもちをついた状態で、両手を神田の前に伸ばした。 お願い、話を聞いて、ていうか刀をしまってくださいほんとにおねがいしますおねがいします後生です。 神田がそれを見下ろし、黒く笑う。 「聞く道理はねぇ」 「ギャ―――ッ!!」 六幻がところかまわず振るわれるのを、がギリギリで除ける。コムイのそばまで寄ったアレンは、止めないんですか、と震える声で聞いた。 「いやー、あれは止められないでしょ」 「えっ」 コムイがあっさりとを見捨てた。 のんびりと二人の様子を傍観しながら、それに、と続ける。 「ほら、極東では言うんでしょ?『喧嘩するほど仲が良い』ってさ♪」 「(死にかけてるのに!?)」 コムイの妙に嬉しそうな笑顔に、アレンは疑問を感じつつ、目の前の状況を眺めた。 逃げ回っていたがようやく、はしっ、と神田の刀を両手で挟み止めている(それもすごい話だ)。 「神田!今度美味しい蕎麦作ってあげるから!死ぬほど美味しいから!」 「死ぬのはお前だ」 ギャ――――!とが再び悲鳴を上げる。 コムイは笑っている。 アレンはゆっくりと頭上を見上げた。高い塔、その先。 師匠… マナ… 平穏な日々なんて、そりゃ望めないってわかってたけど、エクソシストが日常的に殺しあう、この状況ってどうしたらいいんでしょうか さぁね!と脳のどこかで奇妙なウサギが笑っていた。 ほんとに加護があるように祈っといてくれよヘブラスカ!!! |