もう 絶対に 腕を壊すもんか アレンは茫然自失と頭の中でただそれだけを繰り返した。 もう 絶対に 腕を壊すもんか もう この建物で 面倒そうなもんに 近づくもんか 近づくもんか 近づいてこられたらどうしよう 近づいてきたら 近づいてきた ら 近づいて あ、あ、あ、 近づいてきた近づいてきた近づいてきた近づいてきた え 飛ぶ気?こっちくる気? もうほんと勘弁してください ごめんなさい 「っ、あ、コムイ、居た!」 どんな仕組みになっているのか、空中に浮かぶエレベーターがゆっくりと降っていく中、すぐ傍の廊下をが走ってきた。息を切らした彼女は、大きく跳んだかと思うと、エレベーターへと着地する。ありえない跳躍力なのだけど、アレンは最早突っ込まず、座り込んだままうつろにを見上げた。 「あ、れ、アレンも…いたの、だいじょうぶ?」 切れ切れにそう言って、は嬉しそうにアレンの頭をぐりぐりと撫でた。大丈夫じゃない、ととりあえず心の中でつぶやく。コムイの治療は地獄だった。あの世を見た。この上更に何か面倒ごとに合わせられたら、今度こそ死ぬ。 「相変わらず良い飛びっぷりだねぇ、どうしたの、ていうか、アレンくんとはもう会ったの?」 コムイが感心したように手を叩きたずねる。はうん、さっきちょっとね、と答えながら荒い息を大きな深呼吸で整えると、胸元から紙の束を取り出した。 「任務…の、報告書」 「ああ!もう報告に来てくれたの」 「いや…それも、って、思ってたけど、とりあえ、ず、今は逃げてる」 「逃げてる?って何から?」 コムイが首をかしげた瞬間、頭上で怒声が響いた。 「てめぇぇええぇえええぇぇえぇぇえ!!!出て来い!オロス!コロス!引き裂く!!!」 エレベーターが揺れたような気さえする、地獄のそこから響くような太く大きな怒声。 「…あれから」 呟き、がげっそりとした笑みを浮かべる。 すごいしつこいの、信じられないくらいなの、ちょっとからかっただけだったのに、なんか抜刀すらしてる気配っていうかもう抜刀してる、これしてる、ねぇどうしようあれ収拾つくかなぁ?え、つかない?えへへへへへへへへ コムイはあー、と声を上げながら上を見上げた。神田がを探しているのだろう破壊音が聞こえてくる。 「…死人が出てないといいね」 「えっ」 「死人…」 コムイの言葉にが引きつった笑みを浮かべた。アレンが思わず、大丈夫ですか、と声をかける程に。はにっこりと、不自然なほど青い顔で微笑んだ。 「うん、大丈夫、多分ね、ちょっと久しぶりに怒らせ過ぎちゃっただけだから、そう、大丈夫前もちょっと死にかけた人はいたような気がするけどでも治ったしね、生きてるしね、大丈夫大丈夫」 「それ多分全然大丈夫じゃないです」 「、謝りに言ったら?」 「まだあの世に行く覚悟はできてないの。ここに居れば安全だから」 「(道連れ?!)」 は大きく息を吐き出しながら、アレンの隣にどっかと腰を下ろした。 「まったく、君たちは飽きもせず喧嘩ばっかりだねぇ」 「命がけのね」 「(リアル…)」 「仲が良いんだか悪いんだか」 あら、とはコムイを見上げた。 「仲悪いなんてまさか!むしろ最初よりはずっと好感触。極東では『喧嘩するほど仲が良い』って言うの」 コムイが肩をすくめる。は息も整ったのか、アレンに向き直って微笑んだ。 「どう?左腕大丈夫?神田に斬られたらしいね」 「あ、はい」 アレンは左腕を右手で撫でながらあいまいに笑った。治療については思い出したくない。はその腕を覗き込む。 「アレン、寄生型なんだってね、左腕か」 「いや、なかなか面白い対アクマ武器だよ」 コムイが機嫌良く言う。はへぇ、と興味深そうに、アレンの左腕をまじまじと眺めた。白い包帯に包まれていてわからないだろうけれど。 (目が、翡翠色だ…) アレンは、逆にを間近でまじまじと眺めた。東洋人…中国人だろうか?自分以外のエクソシストを見るのは師匠以外に、今日が初めてで、そもそも、女性のエクソシストを見たことは今まで一度もない。 「あの、…も、エクソシストなんですよね?」 アレンがおずおずと尋ねるとは頷く。 「の武器はどんなものなんですか?」 「私?」 はえーうぅんと唸った。説明しあぐねているらしい。コムイがくすくすと笑った。 「のは特殊でねぇ、これと言った形はないんだよね〜」 「…形がない?」 首をかしげると、が両手をアレンに見せる。指の根元まで手袋で覆われているその手の平。一見何の変哲もない。 「強いて言えば、これが武器」 「…手?」 アレンが説明を求めるようにコムイを見上げると、彼は指を一本立てた。 「つまりー、は、端的に言っちゃえば体中が対アクマ武器なんじゃないか、っていうのが今のところの見解でね、アクマのウィルスの逆バージョンって言えばいいのかな、まぁ研究の余地はあるんだけど、とりあえずアクマのウィルスを埋め込まれた人間のように、彼女に触れられたアクマは消滅するんだよね。で、普段は手でアクマに攻撃するってわけ」 主に張り手が中心なんだけどねー豪快って言うか大雑把だよねあっはっはっは コムイが笑う。はまぁ、そういう感じ、と笑いながらコムイの背中を蹴るかたわらアレンの頭をぐりぐりと撫でた。このひとは頭を撫でるのが好きらしい。アレンがそうなんですか、とぎくしゃく小さく頷くと、はうんうんと頷く。 「アレン可愛いなぁ」 「(…可愛い?)」 はにこにことアレンの左腕をぽんぽんと撫でた。 「アレンの腕見てみたいわ」 「明日まで麻酔で動かないよ」 コムイが言うと、ははた、と目を丸くして、それから同情的に微笑みアレンを見た。あの凄惨さを知っているらしい。アレンはおどおどとしていた目を細めて、げっそりと肩を落とした。コムイはまぁまぁ、と気楽に笑う。 「副作用はあるけど寄生型はとってもレアなんだよ〜」 「はぁ…」 「イノセンスの力を最も発揮できる選ばれた存在なんだ」 アレンは聞きなれない言葉に首をかしげた。 「?いのせんす?」 瞬間、エレベーターが停止し、カッ、と光が差す。 「それは神のイノセンス、全知全能の力なり」 声が響く。眩しさに目を細めたアレンの頭上に、光に照らされた姿が見えた。見回すと、声が続ける。 「またひとつ…我らは神を手に入れた」 神?首をかしげると、コムイがアレンの肩へと手を置く。 「ボクらのボス、大元帥の方々だよ」 大元帥… アレンが思わず背筋を正すと、が後ろで小さく笑ったのが聞こえた。 コムイとは反対のほうの肩に、の手が置かれる。 「…」 振り向くと、はにっこりと笑った。大丈夫よ、と肩を二、三度ぽんぽんと叩かれる。 「ここにくる途中だったのね」 「そーそー」 コムイが頷き、アレンを見下ろした。 「さあ キミの価値をあの方々にお見せするんだ」 「…え?」 それは、なにを、と訊くよりもはやかった。アレンは一瞬にして体中にまきついた白い腕に目を見開いた。頭に、肩に、右腕に。身体がエレベーターから離れ浮いた。 「!!!」 眼下に、微笑んでいるコムイと、目を丸くしているが見える。身体を持ち上げられたのだと気づくのは一拍遅れてからだった。 「なっ…!?」 背後にあったのは白く発光する顔、そしてそこから伸びる自分を掴む腕。 「イ…イ……イノ…イノセンス…」 顔は唸るように確かめるようにつぶやいた。次の瞬間、左腕にずぶずぶと白い指が侵入した。身体の中を何かが這っているような感覚に、アレンの背筋があわ立つ。 (なんだコレ…っ 十字架よ 発動しろ!) とっさに左腕を発動させようと力を込める。けれど、左腕の十字架はぴくりともしない。コムイの能天気な声が響いた。 「無理ムリ、麻酔で明日まで動かないって言ったでしょ」 「!コムイさん…っ」 「ちょっとコムイおまえ!」 がコムイの頭をどついているのが見える。 「いきなりこんなんアレンがびっくりする!」 「いやっ、ちょっと痛い!」 コムイがずれた眼鏡をなおしながら、に胸倉をつかれたままアレンにへらりと笑った。 「キミの十字架はとってもすばらしいよアレン♪」 アレンが顔をしかめているのにも気づかないらしい。が不安げに此方を見上げているのが見える。コムイは微笑んだまま続ける。 「どうだいヘブラスカ?」 「この神の使徒はキミのお気に召すかな?」 |