思えば、辛く長い道のりだった。

師匠には頭をかなづちで殴られるし(死ぬよ!)

道には迷うし

ティムは猫に食べられるし

逮捕されかけるし

ピエロのような女性(?)にはのしかかられるし


断崖絶壁を自力で登らされるし


着いたと思ったら本部は悪の巣窟みたいだしね!!






アレンは引きつった笑みを浮かべて目の前の大きな塔を眺めた。
…これが、エクソシスト総本部…?

「なの、かな?」

話には聞いていたけれど、なんというか雰囲気がある。雰囲気というのは決して良いものじゃなく。隣でぱたぱたと浮遊するティムに、ここだよね?と尋ねるとギギギと鳴いた。

ここまでくるのには本当に苦労した。元来道に迷いやすいということもあって師匠と離れてから二、三日はひたすら町をさまよった。ようやく地図どおりに教団に進めるようになってからはアクマにやたらと接触し、千年伯爵にまで会った。貴重な出会いもしたけれど犠牲も出してしまった。どうにか教団についたと思ってみれば塔はどうしてか崖の上にあり、とりあえずかばんを背にくくりつけて登った。そうして見えた塔は悪の巣窟のようだった。


「…とにかく、行ってみるか」

呟くことで自分を奮い立たせて、黒いゴーレムがパタパタとあたりを浮遊している中アレンは門の正面まで歩いた。巨大な門だ。ただ、呼び鈴もなければ衛兵が居るわけでもなく、静まり返っている。どうやって入るのか。周りを見回すと、黒いゴーレムがひとつ近づいてきた。カメラのレンズのようにこちらを覗きこんでいる。

あぁ、これに話しかければいいのか、な。思って、そのゴーレムに向き直った。

「すいませーん」

ゴーレムはアレンの声を聞き取るために更に近づいてくる。

「クロス・マリアン神父の紹介で来たアレン・ウォーカーです。教団の幹部の方に謁見したいのですが」

…返事がない。
ゴーレムもすぐ傍に浮遊したまま動かない。
あれ?と首を傾げると、不意に機械音が響いた。

『後ろの門番の身体検査受けて』
「え?」

振り向くと、巨大な顔のようなものがこちらを見下ろしている。言われたままに、そろそろとその顔に近づいた。目がぎょろりと動きアレンを視界に捕らえる。

「…どうも」

挨拶して、これ通じるのかな、と頭を下げてから思った。

瞬間に顔はぐいと近づいてきた。
驚いて飛び上がりそうになるのを必死でこらえて顔を見上げると、両目から光が自分に向けて照らされた。ガガガと機械音がする。

(…面白いな、これ)

レントゲンのようなもののようだ。とりあえず身体から力を抜いて門番という顔を眺めた。縦に長くいかつい顔をしていて、あごにはgate keeperと彫られている。たしかにこんな門番なら普通中に入れないだろうなぁと感心していると、不意に、彼の顔に汗が浮かび始めた。

(汗かくんだ…)

暢気に思う。
けれど、次の瞬間、大音量が響いて今度こそ飛び上がった。

ブー!!


(ブザー?!)





「こいつアウトォォオオ!!!」




「へっ?!」
「こいつバグだ!額のペンタクルに呪われてやがる!アウトだアウト!!ペンタクルはアクマの印!!こいつ奴等の…千年伯爵の仲間だー!!!」

「んなっ?」

途端に中からスパイ侵入というサイレンが鳴り始めた。
顔が一気に青くなる。

「ちょっ、ちょっと、違う、違います!僕はエクソ―…ッ」

慌てて否定するけれどすべてサイレンでかき消されてしまう。これってまずいんじゃないだろうか。冷や汗が頬を伝うのを感じながら、アレンは塔を見上げた。何か、誰か、

「?!」

何かいる。
門の上の黒い影。目を凝らしてみれば、それが人間であることがわかった。

(あんなところに…)

とにかく話を聞いてもらおうと口を開く。けれど、それよりも先に人影の声が響いた。

「一匹で来るとはいー度胸じゃねぇか」

距離があるのに声は良く届いた。同時に殺気も。
…殺気?!

「ちょっ、ちょっと待って!何か誤解されて…」

いい終わるよりも先だった。頭上に剣先が伸びるのを感じてとっさに飛びのく。

「なっ」

(速ッ!!)

刀を弾いたはずの左腕が痛んだ。

「ッ痛!」

(…ッ対アクマ武器に傷が?!)

アクマの砲弾でもビクともしないはずの腕に、一閃、傷が残っている。
顔を上げると、目の前には長い黒髪の男が立っている。アレンは間を取りながら彼を見据えた。手に持っている刀。まさか、あれが…
男も同じように此方をいぶかしげに見ていた。

「お前…その腕はなんだ?」

声は意外に低い。アレンはどうにか会話をしようと男の前で腕を下ろした。

「……対アクマ武器ですよ。僕はエクソシストです」
「何?」

聞いてくれたらしい。けれど、続けて何か言おうと口をあけた瞬間男の怒号が響いた。

「門番!!!」

肩が思いっきり跳ねる。後ろの門番も同様だったようで(肩はないけど)、うろたえたような声が聞こえた。

「いあっ、でもよ、中身がわかんねェんじゃしょうがねェじゃん!アクマだったらどーすんの?!」

アクマ?!聞き捨てならず、慌てて門番のあご?のような部分を拳で叩いた。なんで話をまたややこしくするんだ!!

「僕は人間です!確かにチョット呪われてますけど立派な人間ですよ!!」
「ギャアアアア触んなボケェ!!」
(ひどっ!)

ギャーギャーと騒ぐアレンと門番の後ろで、けれど男は冷静に鼻を鳴らしたようだった。

「ふん、まぁいい…」

…恐る恐ると振り返る。と、予想通り、男は刀を構えていた。
(ひぃっ!)

「中身を見ればわかることだ」

中身ってなかみ?!
サァァッと血の気が失せる。中身なんて見たって内臓が出てくるだけだ。ていうか死ぬ!

「ちょっ、」

うろたえるアレンの前で、男の刀が光る。武器を発動したのだ。

「この六幻で斬り裂いてやる」
(刀型対アクマ武器…!)

身を低くして迫ってくる男に、アレンは慌てて待ったをかけた。

「待ってホント待って!僕はホントに敵じゃないですって!クロス師匠から紹介状が送られてるはずです!」

とたん、男の動きが止まった。目の前には刀が迫っているからかなり危なかったいやギリギリだった死ぬかと思った。

「元帥から…紹介状?」
「そう、紹介状…」
(怖ぇ〜)

ともすれば刀が顔に刺さってしまいそうで、とにかく身じろぎせずに答える。
両手を肩の高さまであげながら、アレンは震える声で続けた。

「コムイって、人宛に…」

ゴーレムが沈黙し、一拍おいてざわめきを伝えてきた。
男はアレンを睨み付けたまま刀を動かさない。生きた心地がしない。
冷や汗がたらたらと体中から噴出している気がする。
(うひぃ〜〜ッ)


師匠、師匠…

師匠には頭をかなづちで殴られましたね。(死にかけました)
道にも迷いました。
ティムは猫に食べられました。
逮捕されかけました。
ピエロのような女性(?)にはのしかかられました。(死にかけました
断崖絶壁を自力で登らされました。
本部は悪の巣窟みたいでした。
しかも門前でアクマだと判定されました。
おまけになんかエクソシスト仲間に斬られました。(痛いです)
ていうか今も剣突きつけられてます。(死にかけてます

ぼく、あなたと離れてから散々です。
あなたと一緒でも散々だったけど

(あれ?それってもうずっと散々じゃないかあははははは)



なんだか自分の人生に疑問を抱きかけはじめた辺りでようやくゴーレムが音を発した。

『神田攻撃をやめろ!!』

同時に、後ろの扉が上がっていく。

「かっ、開門んん〜〜?」

門番がかすかに不満そうに言った。

『入場を許可します。アレン・ウォーカーくん』

男の人の声がする。あ、わかってもらえたんだ。安心して、ようやく肩の力を抜いた。
けれど、

「わっ」

少し離れていた刀がまた正面に突きつけられた。男のまなざしはまだ鋭い。

『待って待って神田くん』
「コムイか…どういうことだ」
『ごめんねー早トチリ!その子クロス元帥の弟子だった。ほら謝ってリーバー班長』
『オレのせいみたいな言い方ー!!』
『ティムキャンピーが付いてるのが何よりの証拠だよ。彼はボクらの仲間だ』

そうそうそうなんです、とアレンは引きつった笑みを浮かべて頷いたけれど、男は依然剣をひかない。と、不意に柔らかい声が響いて神田の頭にボードが当てられた。

「もー」

見ればそこにいたのはすらりとした女の子だった。片手にボードを抱え眉を吊り上げている。

「やめなさいって言ってるでしょ!早く入らないと門閉めちゃうわよ」

アレンと神田が見つめる先で腹を立てたように、門の中を指差した。

「入んなさい!」

01. opening



いらっしゃい神の使徒


(上の文をクリックすると次のはなしに進みます)