マテールの家は長い年月のうち、モロくなっていた ということに、いまさら気づいた。 時すでに遅しだ。 だって落下中だから。 ぎゃわわー!!というの叫びと、自分のおおおという悲鳴とが、重なって聞こえた。 (死んだらどうしよう!) 「ほほほほほ〜〜っ」 驚きと怖さとでおかしな声が口をついて出た。 落下の末、発動した左手が何かに引っかかったのだ。見上げれば、左手の先に古ぼけたシャンデリアがぐらぐらと揺れている。は、と言えばはっしとアレンの右手を掴んでいた。 「グ、グッジョブアレン!」 不安定な状態でびしり、と右手の親指を立てるに、ぎこちなく頷き、彼女の腕を、自分の胴回りをつかむように促す。はこいつはどうも、失礼します、とおかしなことを言いながらアレンの身体に腕を回した。やっぱり変な人だな…思いながらとりあえず彼女の顔を見下ろす、 と、のそのむこうに白と黒のタイルを敷き詰められた床が見えた。 「何だ、ここ?」 「え?」 も同じように床を見下ろした。しばし床を眺めてから、アレンを見上げる。 「…明らかに人口のものよね」 「町の地下にこんな広い空洞があったのか…」 考えてみれば、そうでなくては地上の建物が崩れたからといって落下することなど無いのだ。けれど、一体何のためにこんなものが?アレンはまじまじと床を眺めた。古ぼけてはいるけれど、かつては見事なものだったろうと思わせる造りの良い石畳だ。街の中心部だったのかもしれない。見下ろしながらそこまで思って、アレンは不意に、団服を掴むの腕に力がこもったのに気づいた。首をかしげて彼女を見下ろす。 「?どうしました?」 「…ごめん、アレン、先に謝っておく」 「…え?」 「私ね甘いものすきなのアイスとかチョコとかみたらしとか大好きなの多分それがいけなかったのね、ほんとごめん…」 意味がわからない。 の顔は最早笑うしかない状態の追い詰められた笑顔だ(言うなれば対神田用の笑顔だ)。 「それで…最近ちょっと体重増えちゃって…」 「?はい?」 「ほんとごめん」 何をそんなに謝るのだろう。 別にそんなに重くないですよ?と多少嘘ぶいて首をかしげた、次の瞬間アレンはすべてを悟った。左手の先から嫌な音がする。 「…ごめん」 の声と同時に、バキ、とシャンデリアの燭台が折れた。 そうだ、建物でさえモロくなっているのに、シャンデリアが人二人分の体重に耐えられるはず、ない。 ということをやっぱり今更になって知っても後の祭りだ!! 「うわぁっ!」 アレンは床にぶつかる衝撃を予想して目をきつく閉じた。 あの高さでしかも下はおそらく石造り。絶対痛い絶対痛い絶対痛いっ!! けれど ふ、と肩に何かが触れられ、強い力で引き寄せられた。かと思えば、数秒後に背中を打った床は、案外に、柔らかくアレンの身体を受け止めた。 「…?」 恐る恐ると目を開ける。上空に先ほどまでぶら下がっていたシャンデリアが見えた。落ちたのは確かだ。 「うっ」 「…」 う?自分の声じゃない。 シャンデリアを見上げながらそろそろと身を起こそうとすると、下のほうで更にぐぇ、と声がした。…しばし固まってから、アレンは飛び上がるように起き上がった。 「?!」 「あ"〜…」 「なっ、なんで下に?!」 「いや〜、だ、大丈夫?アレン」 のほうがよっぽど「大丈夫?」だ。アレンは真っ青になっての身体を抱き起こした。アレンをやわらかく受け止めたのは、床でなくの身体だった。 「、す、すみません、大丈夫ですか?!」 「大丈夫、大丈夫、ケホ」 それより、怪我ない? 軽く咳き込みながら、がアレンの頭をぽんぽんと撫でる。 ないです、と頷けばそれなら良いと笑った。 「…下敷きに…なってくれたんですか?」 「いや、私本当に体重増えちゃったから、アレンの上なんかに落ちたら今頃、アレン、この世にいないわよ」 「(まじで?!)」 アレンは眉をぎゅうと寄せてを見た。は団服についたチリをぱんぱんとはたきながら、アレンに微笑む。頬に小さな傷が出来ていた。血がにじんでいる。 「すみません…」 もう一度言うと、は顔をしかめて、アレンの頭を今度ははたいた。 「私がみたらしを食べすぎたのがいけないの!決めたわ、私ダイエットする」 今日から、とはふざけているのか本気なのかわからない様子で拳を握り締め、立ち上がった。アレンはなんとも言えない気分でその姿を眺めた。ガラ、と足元の瓦礫が崩れる。 そこは古い地下広場だった。の横に並んで立ちあたりを見回すと、これもまた古く暗い通路がすぐそばにあるのを見つける。 「!これは…」 「…地下通路?」 も同じように通路を眺めながら呟いた。なんとなく、嫌な雰囲気だ。暗く、湿った空気を吐き出すこの空洞の先にはいったい何が在るのかわからない。けれどかといって、他に進む場所もなく。 横を見上げると、も同じようにアレンを見下ろしていた。 「…行く?」 「しかない…ですね」 「…やっぱやめとく?」 「…行きます」 が、だよねぇ、と引きつった笑みを浮かべるのに頷いて、アレンは恐る恐ると通路へと踏み入った。の手がしっかとアレンのコートを掴んでいる。まぁ、自分の腕も気づけばのコートを掴んでいたのだけど。 |