「トマか」

ジリリ、と鳴ったゴーレムに、神田は視線を走らせた。
アレンとLv2とから離れ、人形と少女とを抱えたまま建物の上を走ること十数分、ようやくの連絡だ。両腕の二人を地に下ろし、神田はゴーレムへ向き直った。

「そっちはどうなった?」
『別の廃屋から伺っておりましたが先ほど激しい衝撃があってウォーカー殿の安否は不明です』
「…は」
『其方もまだ姿が見えません。ただ、殿のアクマの破壊音は途絶えております』
「……チッ」

思わず舌打ちする。トマを案内のためにも置いてきたというのに。どうせ、今頃また道に迷っているのだ。まさか死んじゃいないだろう。

(あのバカ…)

眉を寄せ、神田はLv2とトマとがいるだろう方角を眺めた。もちろん、の姿は無い。

『あ、今アクマだけ屋内から出てきました、ゴーレムを襲っています』
「…わかった。今俺のゴーレムを案内役に向かわせるから、ティムだけ連れてこっちへ来い。長居は危険だ」

今はティムキャンピーの特殊機能が必要だという旨を告げ、連絡を一時切る。
背後の二人はお互いの身体にすがるようにして神田を見上げていた。少女の目にはあからさまに恐怖と不安とが滲んでいる。神田はそれを一瞥し、人形へと視線を移した。

「さて、それじゃ地下に入るが、道は知ってるんだろうな?」
「…知って…いる」

しゃがれた声で、人形はようようといった様に頷いた。少女がグゾル、とその腕を掴む。人形は少し微笑んだようだったけれどすぐにうつむき、その帽子を脱いだ。

「私は…ここに五百年いる。知らぬ道はない」

人形の顔が暗がりから此方へ向けられる。フードの下に潜んでいた顔をはじめて目の当たりにした神田は伏せていた目を見開いた。焼け爛れたかのような肌、つぶれた鼻、たれさがった瞼の下から覗く目はいびつに歪んでいる。人形は神田の表情をうかがい、くつくつと喉を鳴らした。

「醜いだろう…」
「お前が人形か?話せるとは驚きだな」

彼はゆっくりと頷いた。

「お前達は私の心臓を奪いに来たのだろう」

少女がぎゅうと人形の腕を掴むのが視界の端に入る。神田はひざをつき、人形と目線をあわせた。

「できれば今すぐいただきたい」
「!!」

人形の横で少女が息を呑む。

「デカイ人形のまま運ぶのは手間がかかる。此方も厄介なことに阿呆が一人行方不明な上、アクマに新人が殺られた可能性がある。これ以上の厄介ごとは」
「ち、地下の道はグゾルしか知らない!グゾルがいないと迷うだけだよ!」

神田の言葉をさえぎるようにして少女が身を乗り出した。背中に人形をかばうようにして神田の前でその両手を広げる。神田が眉を寄せると、気丈に睨み返してきた。

「お前は何なんだ?」

尋ねると虚を突かれた様に目をしばたかせ、唇を震わせる。

「私は…グゾルの…」
「人間に捨てられていた子供…だ!!」

言いよどんだ少女の言葉の上から、人形がかすかに声を荒げて言った。

「ゲホ…私が拾ったから側に…置いでいだ…!!!」
「グ、グゾル…っ」
「ゲホッ、ゲホッ」

背をさする少女に人形はかすかに微笑んだが、すぐにまた咳を繰り返した。そのたび、肩が揺れる。

「………」

その様子をしばし眺めてから、神田は小さく息をついた。立ち上がり、もう一度、と分かれた方向へ顔を向ける。一体どこにいるというのか。そう広くない廃都だ、見つけるのにそう時間がかかるとは思わない。

「神田殿」

古ぼけた階段の壁の向こうからトマの声がする。ス、と姿を見せた彼を確認してから、神田は人形に向き直った。

「悪いがこちらも引き下がれん。あのアクマにお前の心臓を奪われるワケにはいかないんだ。今はいいが、最後には必ず心臓をもらう」

少女がかすかに目を伏せ、辛そうに人形に頬を寄せた。人形は小刻みに咳を繰り返しながら、少女の肩を抱く。世界にお互いしか、すがれるものがないというような一途さで。

「…巻き込んですまない」

神田が言うと、二人は同じように視線を上げ、なんともいえない表情で彼を見つめた。トマが隣に立つ。

「アクマは」

神田が振り向き短く問うと、イノセンスを探しに姿を消したのだと答えが返ってきた。神田は目を伏せ、息をついた。こんなときに、例えばがそばにいれば良かった、などと思う自分に苛立つ。

の姿は、やはり、どこにも見えなかった。




視界の外の その姿


(ちょっと心配しいの神田)