おりゃーとか、どりゃーとか、とりあえず気合の入りそうな声を上げて拳を振るう。跳ねる、風を切る。アクマはいっそ愛しい程の小さな震えの後に、綺麗なかけらとなって崩れた。いくつも、いくつも。 は大きく息をついた。 アクマの姿は、とりあえず見える範囲には、もうなかった。 壊した数は一体どれだけだったのか記憶に無いけれど、少なくとも、新手が現れるまでにはまだ時間がかかるはずだ。 「…疲れた」 ぷは、と息を吐いて、大きく腕を回した。髪がいつも以上にぼさぼさになっている自覚はあるのだけど、それを直してもまたイノセンスを発動し爆発を起こせば戻ってしまうので、もう放っておくことにする。 イノセンスの制御がうまくできないのか、拳を叩き込む力が強すぎるのか、不意にアクマが爆発したりするものだから、毎回本当に驚く。それこそ破壊されたアクマ以上に、びっくりしてしまう。近いし。 とりあえず頬についたゴミを払いながら、は神田とアレンが消えていった方を眺めた。爆発音や破壊音が聞こえるから、彼らはまだあそこにいるのだろう。戦況まではわからないけれど、音から察するにそれなりに激しい戦いであることはわかった。神田がいるのだから、まさか負けることは無いと思うのだけれど。 (アレンは特に無謀な感じがするのよね…) 思いながら、音の方へと踏み出す。なんだかいやな予感がする。 捨て去られた廃墟が並ぶ道はどこか不気味だ。駆けながらは建物を見上げた。 (…神に見捨てられた街) 神はすべての創造主であるはずなのに、自ら生み落としたこの街を見捨てたというのならば、それはずいぶんと酷薄なことをする。 (音、近い) はザッ、と廃墟を右に折れた。音はもう、すぐそばだ。 けれど、あと十メートルもないだろうと、そう思った次の瞬間、黒い影が目の前を横切った、轟音と共に。 「…おぉ?」 一拍遅れて、それが確かにあの白髪の少年だったと確信する。建物をつきぬけ飛んでいったその姿を追い、は慌ててその丸く開いた壁の穴をくぐった。 「アレン!」 崩れた廃墟の瓦礫の隙間から、団服の裾が覗いている。 「ちょっ、アレン、平気?!」 びっくりするやら心配やらで、は慌てて瓦礫をよけた。くぐもった呻きがきこえ、瓦礫が中からがらがらと崩れる。少しして、アレンがゆっくりと身を起こした。 「…っ痛」 「アレン…」 ついさっき分かれたばかりのはずなのに、ずいぶんと満身創痍だ。とりあえずほっとして、はアレンの髪や団服についているゴミを払った。 「…」 「ずいぶん怪我しちゃったね」 あちこちに血のにじむアレンに眉をひそめ頭を撫でてやる。と、アレンはすこし安心した様子で、ありがとうございます、と頭を下げた。かわいい。 「…アクマは…」 「街に集まってたアクマはあらかた破壊したと思う。アレン、一体どうしたの?神田は?」 あんなふうに吹っ飛ばされるなんて、よっぽど強いアクマだったのか、それとも油断していたのか。神田がいながら?が首をかしげると、アレンは神田はイノセンスを保護してどっかに、とつぶやき、ふと眉を寄せた。 「…何だったんだろう、今の…」 「…きかれても」 アレンはの突っ込みにもいぶかしげな表情を崩さず、かすかに呆然とした態で、そうですよね、と頷いた。かわいい。 「なんか…アクマが、いつもと違って…その、感情を持って?いて…きづいたらアクマが僕の姿をコピー…していて、それがアクマの能力?らしくて…で、アクマが腕を動かした途端、槍みたいなのが突っ込んできて…」 「へぇ」 はアレンの頭をなでながら小さく相槌を打つ。要領を得ないのだけど、どうやら相手はLv2に進化したアクマだったらしい。アレンはゆっくりと思い起こしているようにぽつりぽつりと呟き、ふと、自分の左手を見下ろした。もつられて見下ろすと、その左手は傷つき、ジュウウと音をたてていた。げっ、とアレンの顔が青ざめる。 「うわ――――っキズ!キズつぃてる!!またコムイさんに修理されるよどうしよう!!!」 「あ〜…」 修理…とつぶやき、アレンががっくりと肩を落とす。怖い、痛い、怖い、とがっつりめげてしまったらしいその姿に、気持ちはわかる、と苦笑して、はその左手をとりまじまじと眺めた。アレンが前髪の間から泣きそうな顔を覗かせる。ジュウと音を立てる傷は確かに痛そうだ。コムイからすれば修理しがいがあるのだろうけど。不安げなアレンに、は思わず笑ってその傷に軽く口づけた。 「……えっ?!ぇ、あ」 「おまもりね」 火がつきそうなほど赤くなったアレンの頭をまた撫でてやって、はよいしょと立ち上がる。アレンの様子から言ってアクマはまだ破壊されていないようだ。神田の顔を思い浮かべて眉を寄せる。新人を置いていってしまうなんて薄情な奴。いや、薄情でなく目的を達成するということに馬鹿みたいに忠実なのか。は後で神田の頭をはたこうと心に決め、アレンが飛んできた方を見据えた。どちらにしろ、イノセンスがもう神田の元にあるのならアクマを破壊することだけを優先すれば良い。 アレンは呆けたようにと自分の左手とを両方交互に眺めた。ふと気づけば、左手にはまだ傷跡は残っていたけれど、痛みは引いているし、ジュウというあの不快な音も消えた。 「…?」 もしかしてのイノイセンスの能力なのだろうかと思ったけれど、発動している様子は無かった。もともとイノセンスというものの傷の回復が早いのかもしれない。神田に斬られたときも、コムイに修理されたとはいえ、翌日には少しの痛みも無くぴんぴんしていたし。 「行こ」 の声で思考を一時中断し、アレンは彼女が差し伸べてくれた手をつかんだ。身動きしたせいで足元の瓦礫がまたがらがらと崩れる。それをよけ立ち上がろうとしたアレンはふと、首をかしげた。ガラガラ以外にビキビキと、何かがきしむ音がする。見上げたにもそれは聞こえたらしく、同じように首をかしげてアレンを見下ろしていた。二人で顔を見合わせ、音に耳を傾ける。 「?なんの」 おと、まで聞き終わることはできなかった。 「えっ」 「いっ」 二人の顔が同時に引きつる。音の発生元。次の瞬間、崩れたアレンの足元から、二人は勢いよく落下した。 |