「どんどん撃ってー」 声に従い、Lv1がドドドと結界に弾丸を発射する。けれどなかなか、結界は崩れない。彼は首をかしげ足元の人間の頭に更に重圧をかけた。うぐ、と人間がうめく。 「この人間め。装置ごと人形を結界に閉じ込めるなんて考えたね。こりゃ時間かかりそうだ」 結界にはまだヒビすら入っていない。中に身を寄せ合うようにして人影が見える。 「イ、イノゼンズはお前らアクマになんか渡ざない」 人間が生意気なことを言うから、足に更に、更に、力をいれ踏みつけてやる。ギャアと悲鳴をあげた。人間というのは存外もろいものだ。 「ヒマ潰しにお前の頭で遊んでやる」 ゾクゾクとしながら思い付きを発表してやる。こんなにもろい人間が自分にはむかうなんて、面白くない。 彼はLv2に進化したのだ。そこらのアクマとは、そう、例えば今彼の目の前で彼の言葉に従うままにただ無感情に砲弾を放つような低脳な兵器とは違うのだと、自負していた。壊したい壊したいと衝動が言う。 彼は人間の頭をつぶさないように、慎重に、けれど限界まで、重圧をかけようと足に力を込めた。苦しんで死ねばいい。口が悦楽に歪む。 けれど 刹那 「やめろっ!!!!」 衝撃が手に響く。 彼は自分めがけて突っ込んできたその姿に首をかしげた。人間だ。ああ、そうだ、黒い人間。彼はそれをまじまじと眺めた。人間、だけれど、何か違う。 彼は、その大きな腕を受け止め、黒い人間に、にこ、と笑った。 「何 お前?」 心臓(が、あるのか、彼は知らないけれど)が、ドクリと脈打つ。 「何よ?」 足を思い切り引き、人間を蹴り飛ばした。人間は呆気なく壁に向かって飛ばされ、衝突し、瓦礫の中にその姿を消す。彼は首をかしげた。今までの、今足元に居るような白い人間とは違った。 「黒い奴だった…」 どうしてか、体中がゾクゾクとする。ふと何かがジュウジュウと言うのが聞こえて、おもむろに自分の掌を見下ろした。溶けている。 「?」 自分のボディがこんな風に傷つくなんて、はじめてだ。彼は少し考えるように首を傾げてから、声を上げた。 「あ〜〜〜〜〜…わかった!」 にんまりと微笑み頷く。 「この破壊力…お前が、『エクソシスト』って奴だなぁ?」 瓦礫がガラガラと崩れた。人間が、違う、エクソシストが姿を現す。大きな腕、黒い姿。 「探索部隊の人たちを殺したのはお前か…!」 エクソシストが此方をにらみつけてくる。体中の細胞すべてがあわ立つような感覚、ゾクゾクと、高揚感が身体をめぐる。 彼はニコリ、と笑った。 「エクソシストォォ」 (馬鹿が…) アレンに向かうアクマの背後、建物の上で神田は短く舌打ちした。愚かに見えるとは思ってはいたけれど、考えなしに突っ込んでいったその無謀さには最早怒りを通り越して呆れる。 (奴はどうやらレベル2に進化したアクマ…) アクマは進化すればするほど、その強さを増す。Lv2は初期レベル時より格段に強くなってる上自我を持っている。能力も未知数だ。神田はアクマから、結界につつまれた人影へと目を移した。あそこにいるのがおそらく人形なのだろう。今までアクマの砲弾に耐えられたとはいえ、装置が4つでは結界はそう長くはもたないはずだ。 神田は短く息を吐き、刀に手をかけた。 「いくぞ六幻」 すらり、とのびた刀身を指でなぞる。 抜刀 イノセンス 発動 白髪の新人が、瓦礫を押しのけ立ち上がるのが見えた。 「っく、」 アレンは瓦礫を押しのけ目の前のアクマにらみつけた。左目がキュウと鳴く。 「聞こえる?私の胸の音…興奮しちゃってるみたい!!」 すぐ傍まで来ていたアクマは、ピエロのように見える顔をゆがめて笑った。甲高い声が耳にうるさい。 「エクソシストエクソシストエクソシスト」 まるで呪文のようにその名を唱えると、ぶるぶると身体を振るわせる。 「えぁううううう〜〜〜〜ううう”〜〜〜っ!!」 (このアクマ…感情があるのか?戦闘に快感を感じてる…) ぞくぞくと、快感にもだえるように身体を揺らすアクマに、アレンは眉をひそめた。今まで破壊してきたアクマは皆球体のような大きな身体から無感情に砲弾を発射するだけだった。それが、こんな風に人間に近い身体を、知能を、感情を持ち、戦いに快感を感じるなんてことがあるのだろうか。 (それに何だ…) アレンはアクマの背後へと目を凝らした。 (内蔵されてる魂の状態が悪化してる) 身体を折り曲げられ拘束される形で浮かぶ魂。その苦しみが、左目を通じ伝わってくる。救済を、救済を、救済を、と、魂がなく。 ギャアアア 響いたうめきに、アレンははっと背後に視線を走らせた。 「!?」 月を背に、黒い影が飛ぶ。 「六幻」 「災厄招来」 刀を構えた腕が横になぎ払われた。 「界蟲『一幻』!!」 刹那、刀の切っ先から現れた蟲の群れが結界に砲弾を放っていたアクマの身体を貫き、破壊した。 (神田…!!) 「あーっ!!?もう一匹いた!」 アクマがまるで無邪気な子供のように、歓声とも嘆声ともつかない声を上げる。神田はアクマを一瞥し、軽い音と共に着地すると結界へと走り寄った。 「おい、あの結界装置の解除コードは何だ?」 「き…来てくれたのか……エクソシス…ト」 倒れていた探索部隊の男が、切れ切れの息の中でわずかに口をほころばせた。 「早く答えろ。部隊の死をムダにしたくないのならな」 神田が傍らにひざをつくと、かすかに頷き唇を震わせる。 「は…Have a hope”希望を…持て…”だ!」 「あ"――――!!人形ちゃんが…」 絶命した男から結界の中の人形の元へと走った神田を見て、アクマが不満げに声を上げる。あせったようにアレンと神田とをきょときょとと交互に眺めた、それこそ子供のように。 「う"〜〜〜〜〜う"う"〜〜〜〜」 「?」 いぶかしげに眉をひそめたアレンの目の前で、一瞬にしてアクマの顔が憎悪と快楽の間の殺意で歪む。 「こここ殺じたい殺じたい殺じたい殺じたい殺じたい殺じたい!!!」 「!」 「とりあえずお前を殺じてからだ!!」 アクマがアレンを見据え、その指をバキバキと鳴らした。アレンも左腕を構えアクマをにらむ。 「来い」 神田が抱き合う二人をそれぞれの腕で抱きかかえ、廃墟の屋上へと上った。 「そっちはあとで捕まえるからいいもん!」 アクマがだだっこのように拗ねた調子で言う。神田はそんなアクマの肩越しにアレンを見下ろし、目を細めた。 「助けないぜ。感情で動いたお前が悪いんだからな。ひとりで何とかしな」 声は言葉どおりに冷たい。アレンは目を伏せ、小さく頷いた。目の前のアクマ。 「いいよ。置いてって」 「イノセンスがキミの元にあるなら安心です」 アクマがゆっくりとアレンの方へと振り返る。 「僕はこのアクマを破壊してから行きます」 アクマを見据え、左腕を構えたアレンを少しの間眺めてから、神田は小さく鼻を鳴らし身を翻した。 |