月明かりの下、荒れ果てた丘を、マテールへと駆ける。 道はほのかに明るいけれど、風は冷たく空気は重い。嫌な雰囲気だ。 それこそ、亡霊が出てもおかしくないほどに。 アレンは前を見据えながらつぶやいた。 「…マテールの亡霊が、ただの人形だなんて」 資料に書かれたその事実。五百年も動き続ける人形?まさか。 が横を走りながらそうね、と言った。 「ただ、マテールは快楽人形で一時名をはせた街らしいし。その人形が…」 「イノセンスを使って造られたのならありえない話じゃない」 神田がの言葉のあとを継ぐ。 「イノセンスは奇怪を呼ぶっつったろ」 鋭い視線を受けながら、アレンはそうですけど、と呟いた。そんな風ににらむことは無いじゃないか。横からが顔を出して目つき悪いわよー?とアレンの気持ち(?)を代弁してくれる。そういえば、とアレンは神田にこづかれているに視線を走らせた。コムイが彼女は全身がイノセンスだと言っていたけれど。アレンの視線に気づいたのか、神田は正面に目を戻しながら、片手の親指で後ろのを指した。 「わかったろ、全身がイノセンスともなるとここまで奇怪になるんだぜ、あなどるな」 「ちょっと待ってそれ私のことじゃないでしょうねバ神田☆」 「殺すぞ奇怪女」 が猛然と走り神田の背中に蹴りをかます。神田もそれを予測していたのか、防御しをにらみつける。トマが呆れた風に小さくため息をつき、正面を指差した。 「エクソシスト様方、前方にマテールが」 「!」 も神田もとりあえず取っ組み合いは後にすることにしたのか正面へと目をやる。 「マテール」 が呟いた。瞬間、アレンの背中がぞくりと粟立つ。寒気なのか、緊張感なのか、恐怖なのか。高台にざ、と並ぶと、風が身体を打った。見下ろした街は暗く、静かなはずなのに、キィンと耳鳴りがする。空気はピリピリと緊張を伝えてきた。 (何だ、この冷たい感触は…?) 探索部隊の人たちは… 目を細め街を見下ろすアレンの横で、神田が舌打ちした。 「ちっ、トマの無線が通じなかったんで急いでみたが…殺られたな」 殺られた 心臓がドクリと脈打つ。 アレンの左目がきりきりと痛んだ。間に合わなかった、間に合わなかった 食堂で泣いていた彼らの姿が浮かぶ。彼らの仲間が、また うつむき唇をかむと、暖かいものが頭に触れた。見上げると、がアレンの頭をなでながら、街を見下ろしている。風の吹きすさぶ中で、その手はあたたかい。アレンの視線に気づいたのか、は笑って、行こ、と前方を見据えた。神田が二人に視線を走らせ、身を低くする。 「来るぞ」 次の瞬間だった。 切り立った高台の三人の足元からLv1が数体、姿を現す。 「イノセンスにつられて集まってやがるな」 神田が舌打ちしながら刀を握る。アレンも左腕をかまえると、がアレンの頭にのせていた手を頬にずらし、やわらかくつまんだ。 「?」 「私が出る」 風で、一歩出た彼女のコートがなびく。 「神田とアレンはイノセンスをお願い」 刹那、の指先が淡白く光った。 「!!」 「イノセンス発動」 はLv1へと跳ぶ。アクマはピィィと鳴きながらその身体へと弾丸を発射した。 「!」 アレンのような腕も、神田のような刀も無い、彼女は身一つだ。アレンがあせって声をかけると、神田がふん、と鼻を鳴らした。 「あいつがあれで死ぬか」 アレンの見守る先で、の手が、弾丸を受け止める。と、その弾は白く光り、チリのように崩れた。 「!?」 の体がしなやかに跳躍する、弾丸をよける。 (速い…!) 月明かりをその姿がさえぎる、その中でほのかな光を放つ腕。 次々と発射される弾を足場にするようにして、はLv1へ近づくと、おりゃー!とそのボディに一気に拳を打ち込んだ。 (そして男らしい…!) アクマの大きな身体に、のもう片方の腕が回る。 「おやすみアクマ」 抱きしめるように頭を撫でながら、が言った。その声と同時に、Lv1の身体がぶるぶると震えたかと思うと、ほのかに白く光り、崩れる。 おやすみ ひどく慈愛に満ちた声だった。 (本当に叩くんだ…) あっという間の出来事に、アレンは妙なところで納得しながら、呆けて開いたままだった口を閉じた。は新しいアクマへと向かっている。 「、大丈夫、ですか」 ひとりで、とアレンが神田にたずねると、彼はアイツはそんぐらいじゃ死なねぇ、と言った。確かに、今の速さや身のこなしから考えて、Lv1が数体いたところで問題は無いように見えた。 のだけれど アレンがに背を向けた次の瞬間、妙な爆発音が響いた。 バコーン! 「ぅギャー!」 「…なんか何かを暴発させてるんですけど…」 振り返ったアレンの心を一気に不安が覆う。 さっきまでのあの颯爽とした姿は一体どこにいったのか。 足を滑らしたらしいが、ギャーギャー騒ぎながらとにかくアクマに拳を打ち付けている。そこで、白い爆発が起こるのはどうしてだろう。あれがイノセンスの力、というわけではないらしい。爆発に自分で本気で驚いているらしく、そのたびにギャーと声を上げるのだから。神田が顔を背け、死なねぇともう一度言った。 「あいつはイノセンスの扱いはド下手だし、ちょっとしたことでも騒ぐが、死にゃしねぇ」 「ギャー!!あぶねー!!」 「死なねぇ!」 アレンはまだ何も聞いていないのに、の声に神田はがなると、刀を握ったままアレンをにらんだ。 「始まる前に言っとく。お前が敵に殺されそうになっても任務遂行の邪魔だと判断したら、俺はお前を見殺しにするぜ!戦争に犠牲は当然だからな、変な仲間意識は持つなよ」 アレンは神田をまっすぐに見詰めていた瞳を街にうつし、嫌な言い方、と呟いた。体勢を持ち直したらしいが、どりゃー!と勇ましい声でアクマを破壊していた。 |