廊下は朝と同じように妙に静かだ。 の部屋の扉を、二、三度ノックをする。応答はなかった。 もう一度、今度は、と声をかけながら大きめに、ドンドンと戸を叩いてみる。 神田は不満げに腕を組み、傍の壁に寄りかかりそっぽを向いていた。 返事のない、それどころかコトリとも音のしない部屋にアレンは首をかしげ、流石にもう起きてどこか行ってるんじゃないですか、とたずねた。 「それはない」 神田がきっぱりと言い切り、イライラと組んだ手の指をトントンと上下させる。 それが妙に確信ある調子だったので、アレンは不思議に思いながら、思い切ってノブに手をかけてみた。が、鍵がかかっているらしく、開かない。まぁ当たり前だ。 「…やっぱり開いてないですよね」 「チッ、まどろっこしいことしやがって」 「えっ、神田…」 肩を落とすと、神田が荒々しくアレンと扉との間に押し入った。そのまま、アレンの制止も聞かず、扉を思い切り蹴り飛ばす。戸は二三度きしんでから、力尽きたと言うようにその枠からはずれて、ばったりと中に倒れこんだ。 「あいつが扉叩くくらいで起きると思うな」 呆気にとられているアレンを背中越しににらみつけ、神田はずかずかと中に入り込む。アレンも慌てて後に続いた。部屋の中はまだカーテンが閉まっているせいかうすぐらいけれど、ベッドの上でシーツに包まり丸くなっているその姿だけは確認できた。扉の倒れる音にも目を覚まさなかったのか、とアレンは半ば呆れながらそばに駆け寄る。神田がその様子をにらむように眺めた。 「、、任務です、おきてください」 アレンがベッドの上の丸まりを軽く叩きながら声をかける。 丸まりはぴくりとも動かない。 今度はもう少し声を大きくし、呼びかけてみる。やはり、動かない。 「…シーツ取れ」 神田が後ろから指令を出した。少しムッとしながら、アレンは仕方なく、言われたとおりに、シーツに手をかける。次の瞬間だった。ぐいっと胸倉をつかまれ、アレンは思い切り前に引っ張られた。前に、というより、壁に向かって。 「ぶっ?!」 顔から壁に衝突する。アレンはずるずるとベッドへとずり落ちる。鼻が、死ぬほど痛い。 シーツから出たの腕は役目を終えると、力を抜き布団の上に放り出された。シーツの隙間から、のこの上なく安らかな寝顔が覗く。 「不用意に近づくとそうなんだよ」 ベッドから数歩離れた先で、神田が言った。もっと早くに言ってくれよ!アレンは鼻を押さえ涙目になりながら神田をにらんだ。彼は小ばかにしたように鼻を鳴らす。(わざと?!) そうして、おもむろにベッドに足をかけた。 「こいつを起こすときは、殺す気でやれ」 「(起こすのに) ?!」 アレンが止めるまもなく、神田はの腕を掴むとベッドの上から床に放り投げた。 の身体が弧を描いて床に衝突、する前に体勢をたて直し、床へと着地する。あ、起きたのかとアレンが声をかけようとすると、神田の手がそれを止めた。見れば、床に着地した状態で、の身体はゆらゆらと左右に揺れている。鼻からはあれ、なんだろうこれ風船?まさか鼻ちょうちん? 「…寝てる…?」 アレンは呆然とつぶやいた。隣で、神田が舌打ちをする。 「これだから嫌なんだ、面倒くせぇ…」 そのまま、つかつかとの傍まで近寄ると、頬をべちんべちんと叩く。はうめき声も上げず、もちろん起きもしない。神田は今度は遠慮なくの頭を殴った。 「ちょっ」 アレンが慌てて制止の声をかける、が、神田は更にもう一発の頭を殴る。は殴られたまま、首をゆらゆらとさせてまた、ぐぅう、と寝息をたてていた。 (うそ?!) 「…チッ」 神田はの身体を乱暴すぎるほどに揺らした。起きない。 更にの頬を左右に思い切り引っ張った。起きない。 口と鼻を同時に押さえた。思い切り殴られた。殴り返した。でも起きない。 「…」 散々怒鳴り、揺らし、つねり、殴りしたあとに、心底面倒くさそうに舌打ちすると、神田はの腕を掴み上げ立ち上がった。 「無理だな」 「(えー!)」 そのまま、アレンを置いてを引きずっていく。慌てて追いかけると、神田はよっこらせとの団服の首根っこをつかみ、廊下をさっさと歩いていった。 「…ほんとうに寝てるんですか…」 「じゃあこれは死体か」 「…」 半ば気おされ、後に続きながら、アレンは引きずられてもなおぐぅぐぅと寝息を立てるを眺めた。引っ張られた頬は赤くなっているけれど、少しも起きる気配は無い。 鼻からぷぅぷぅと鼻ちょうちんが出ては引っ込む。 神田に何度も殴られたことなどものともしていない、ただ睡眠を貪っている。 「…って、不思議なひとですね」 思わず言うと、神田が一拍おいて、こいつが人類ならあの門番も人類だ、とつぶやいた。 今までの、自分の「女性」の認識は間違っていたのかもしれない。 |