身体が重い。麻痺しきれない傷はじんじんと熱と痛みとを伝えてくる。ズキンと悲鳴を上げる肋骨に、思わず呻いた。ヒビが広がったらしい。クソ、と悪態をつきたくなる。 「ウォーカー殿…私は置いていってください。あなたもケガを負っているのでしょう…」 耳元で、背負われたトマが苦しげに言った。置いていく?まさか。 「なんてことないですよ!」 言って、笑って、アレンは肩の上の身体を抱えなおした。こんなに人一人の身体が重いなんて。命の重みははかりしれない、 大丈夫、まだいける。痛みだって、我慢できる、大丈夫、大丈夫、大丈夫。 言い聞かせ、自分を奮い立たせる。 けれど、不意に、肩が軽くなった。何かと見れば、横のがよっこらせと神田とは反対の手にトマを抱えている。 「ちょ、!」 「はい!」 「う、うるさっ!返事がうるさい、ちょっ、そんな二人も…」 「なんだって!怪力の女はいやだって?!なによ、アレン!怪力でなにがわるい!ばか!」 「え、違うし、いやじゃないですけど!」 「えっ…」 がつと歩みを止めてアレンを見下ろす。と、ぽっと頬を染めもじもじと身体を揺らした。 「やだ…アレン…こんなとこで告白なんて…」 (し て な い !) 「でもごめんね、私には夫がいるの…」 いないだろ、と突っ込むのも忘れて思わず脱力してしまったアレンの横を、は言うだけ言ってさっさと進んでいった。肩の上に神田、脇にトマを抱えた後姿は、勇ましい。 「いや、いいですから、、大丈夫ですから!」 「なにが大丈夫なのよいやらしい!そのうち浮気は文化だって言い出すんでしょ!いやよ、言ったでしょ、私には夫がいるんだから!私はトマのもので、トマは私のものなんだから!絶対、渡さないんだから!」 「何の話ですか!トマさんも照れないでください」 さっきのはどうした、さっきのは! 先ほどの動揺っぷりは微塵も見せず、いつもどおりの調子に戻ったに安心を通り越して疲労を感じる。 どの…と顔をあげたトマにもすかさず突っ込んで、アレンはに向き直った、が、彼女はまっすぐに前を見てさっさとすすんでいく。その雄雄しい背中には疲労や、重そうなそぶりは少しも見えない。少しも。 アレンはため息をついて足を止めた。 そんなふうなのは良いんだ、そんなことしなくて の歩みが、普段よりもゆっくりとかわったのがわかる。 「…、」 ありがとう、そう言おうとしたアレンは、けれど、ぱくりと口を閉じた。 「ほんとにもう!」 「…」 の口が勇ましい背中と裏腹にブツブツとなにやら不満を吐き出していることに気づいたのだ。 「なによまったくさっきっから言ってたのに意地はっちゃって意地はりんぼなんだから意地張って得ないわよばかねバカアレン!ウォーカーバカ!神田の次にバカ!」 「聞こえてますよ!意地はりんぼってなんですかおかしくないですか」 「おかしくない、神田の頭のほうがよっぽどおかしい、盗み聞きはいやらしい」 「悪口のほうがいやらしい」 「アレンはいやらしい」 「怒りますよ」 はみじめたらしい顔をしてアレンを振り返ると、おこりんぼ、と呟いた。怒らせてるのは誰だ!礼も言い損ねてしまったことに気づく。まったく、とアレンは息を吐いた。 (べつに、いいのに、こんなのは) 「嘘」 「え?」 顔を上げるとが微笑んだ。 「心配してくれたんでしょ。ありがとアレン。もう大丈夫」 「…」 「先輩なのにダメねコリャ!」 笑って、脇に抱えた神田に視線を下ろす。 「アレン、傷、痛むでしょ。はやくどっか落ち着けるとこ探そう」 言って、再び背を向けた、その、の後姿を見る。 軽くなった肩を撫でて、小さくため息をついた。調子が狂う、こんなのは。 (もう…) 眉間に皺を寄せたアレンを知ってか知らずか、は鼻唄なんて歌っている。 「よし、何か元気づけにしようか!」 「え?いや、いいですよ」 「歌でもうたう?」 「いや、いいです」 「そっか…じゃあ歌でもうたう?」 「歌いたいんじゃないですか!」 「よし、歌おう!」 いち、に、さん、楽しげにカウントすると、は思い切り息を吸い込んだ。 ボエー 「う、うるさ!歌がうるさい!(そして音痴!)」 「…今日、調子悪い」 「嘘をつくな!すごく調子よさそうでしたよあの音量!」 ぱっと顔を赤くして俯いたにすかさず突っ込みを入れる。 本当に、本当に、調子が狂う! があははと笑った。 「歌って言うのはそんな殺傷力があるものじゃないです」 「昔から天才は理解されないものなのよね、わかってる、わかってるわ」 「過去の天才たちが怒りますよ」 スパッと言うと、はひょいと首をすくめてアレンに向き直った。 「黒くてもなんか怒ってても可愛いよね、アレンは」 すこし、ドキリとする。 「馬鹿にしてるんですか」 「してないよ!可愛いって言ってるのに!」 素直じゃない、とふくれたから顔を背ける。 何が黒いだ。何が可愛いだ。なんか怒ってて、ってなんだ、気づいてたなら、何に怒ってると思ってたんだ。 眉間にぐぅと皺を寄せたアレンは、けれど、不満を言うよりも先にふ、と目を見開いた。耳を澄ます。確かに聞こえる。 「歌…?」 高く低く、やわらかく、澄んだ音が響く。 「歌が、聴こえる…」 後ろで同じように歌に気づいたらしいが、口をパクパクとあけて(歌うというよりもエサを欲しがる鯉や鳥の雛と言ったほうが近い)しらじらしくも我が物顔をしていたが、それは無視をしておいた。 |