「神田!」

呼びながら、傷ついた仲間に駆け寄った。
死なせるものか。
まだ指に残る怒りのあとに、アレンは唇を噛みしめた。
立ちすくんだ神田の背を支えると、彼は初めて身体から力をぬき、崩れた。サァッと恐怖と焦りがアレンの背中を走る。血の気の失せた顔を覗き込んだ。

「神田…?!」

(!息をしてる…!)

胸は上下している。出血はひどいけれど、唇は震え、短い息も吐き出されていた。生きている。それだけを確認して、アレンは長く深く息をついた。顔を上げる。

(どこかに一度…)

避難し、治療をしなければ。けれど、見回した辺りの道は瓦礫で埋もれているか、アクマが飛んでいったものか。どこへ行けばいい?アクマの破壊はできていない。トマと神田、手負いを抱えていては圧倒的に不利だ。

…なにより

……


だって穴から引っ張り出さなくてはいけない、のだ


アレンは小さくため息をついてそ、っと神田の身体を地に横たえた。負傷したアクマが再び此方まで姿を現すのにはまだ時間がかかるはずだ。

(まずは…!)

何か引っ張り出すのに良い道具なんて…(ないか)

思いながらとりあえず辺りを見回す。

、ちょっと待っててください何かすぐに…」




バキッ



「…」


え?


アレンは不意に響いた破壊音に目を見開いた。
続いて、ガラガラと何かが崩れる音。

(あ、どうしてだろう、予感がするなんか嫌な方向の)

ゆっくりと、アレンは自分が出てきた穴、つまりが今引っかかっているだろう穴を見上げ、絶句した。


たしか、穴は30cm四方ほどのサイズだったはずだ。それが、一体どうしてもはや目算できないほど大きくなっているのか。ビキビキと、ヒビはいまだ広がっている。その中心に立っているのは、ああ。


「神田ッ!!!」


かすれた声が響く。


破壊、したんだ…!)(穴…!)


もくもくと、大きく破壊された穴から砂埃が視界を覆う、その中から、細かい瓦礫の破片を体中につけたが駆け寄ってきた。


口をあんぐりと開けたアレンと目を合わせたの顔はみるみる真っ青になる。神田の胸からはおびただしい量の血が流れた痕があるのだ。

「あ、…」

おそるおそるとアレンが手を伸ばした途端、はダダッと神田へと駆け寄った。

「神田、かんだ」

繰り返しながら、はアレンのすぐそばに寄り、神田の頬に触れる。

「だ、大丈夫ですよ、、生きてます」

ほら、息をしている。アレンが言うと、はそ、と神田の唇に触れ、呆然とした体で何度も頷いた。先ほどまで穴に引っかかり悲鳴を上げていた姿とはうってかわった動揺ぶりに、アレンは左手での肩を恐る恐る撫でた。落ち着くように、労わるように。は肩におかれたアレンの手に自分の手を重ね神田に目を落としたまま何度もこくこくと頷く。それにとりあえず安心し微笑んで、アレンは辺りを見回した。

「とにかく、今はここから離れないと…」

アクマが、と言いかける。


刹那、



「ッ!」



瓦礫がアレンをめがけ飛んだ。

とっさに発動した左腕でそれを受け止め、弾く。予想よりも早い。姿を現したのはアクマだった。アレンの攻撃で足を大きく損傷している。顔は憎悪でゆがんでいた。



やったな…ッ人間の、クセに!!

唇がわななき、激しい殺気がアレンの身体を打つ。

「く…ッ」

小さく舌打ちし、発動した左腕を構える。

、神田とトマをつれて、先に行ってください」

を背後に言う。神田の怪我は一刻も早く治療が必要だ。アレンが時間を稼いでいる間に、少しでも遠くへ行かなくては。
けれど、の返事がない。動いた気配も、ない。アクマはじりじりと迫ってきている。

ッ、はやく…ッ!」
逃がさないよォ、ソイツも、オマエも、その死にかけも!簡単にだまされちゃってさァ、オマエラ人間が、アクマにかなうわけナイんだよ!

アクマがケタケタと笑う。アレンは下唇を噛んだ。

ッ!!


刹那、アレンの脇を何かが駆け抜けたかと思うと、アクマの身体が下半身を残し吹き飛んだ。

!?


アレンの目に映ったのは、

「…?」



の後姿だ。

飛ばされたアクマの上半身が、瓦礫の更に向こうへと埋まる。


アレンの目の前ではフシュゥ、と息を吐き固めたままの拳をゆっくりと下ろした。


「…ふっざけんな、っつーの」
…?」


(こ…こわい…!)


一体、彼女に何が。


アレンが恐る恐ると呼びかけた瞬間、、はカッと目を見開くと

人間なめんじゃねー!!


吼えた。

そのまま、足元の巨大な瓦礫を頭の上まで持ち上げると、アクマが埋もれているだろう場所へ思い切り投げ込む。飛び上るような轟音を立てて、瓦礫はそこへ沈み込んだ。

神田は強いのよ頭は弱いけど強いのよ頭はとってもとっても弱いけどでも強いんだからなっ!!


(馬鹿にしてるのか褒めてるのか!)

アレンの無言の突込みをよそに、はそのまま、また神田の元へと書け戻ると、今度はガシッと彼の頭を両手で掴みガクガクと揺さぶった。

オマエもなんか言えよ神田のバカヤロー!んな青くなったって全然面白くないんだからね、そんなんで笑いとろうったって甘いっつーの!!甘いのは大嫌いなんじゃなかったのかよアホー!!知ってるけどバカだって、知ってるけど!!」
「ちょっ、そんな振ったらほんとに死にます!やめて!やめて!!」
「死んだら腹におっきな目玉かいて宴会芸仕様にしてやるからな!」

バタバタと暴れるを慌てて後ろから抑える。

「だ、大丈夫ですから!神田、生きてます、生きてますから…!」
「う…っ!」

みるみる潤んだ目を隠すようには俯くと、今度は少し拗ねたように(照れているのかもしれない)バーカバーカと鼻を鳴らし神田の頭をはたいた。あいにく、いや、幸い、神田の意識はないのだけど(当たり前だ)。


「と、とりあえず、どこかへ一回避難しましょう…」

アレンの言葉に、無言のままコクリと頷いたに、彼は小さく微笑んだ。






怒りと労わりとやさしさと


は神田が大好きなんだとおもいます多分)