「…クソっ」 がさがさと林をかき分け顔を出す。髪には枯葉やら小枝やらが絡まっていて、少年はそれを指先でつまみながら、もういちど、クソ、とつぶやいた。 正直、少年は疲れきっていた。 悪態をつくのも、仕方がなかった。 ティムキャンピーが姿を消して二時間半。 迷うこと二時間。 街を出て森を抜け、二三度同じ場所を通り過ぎ、迷い込んだ先は、古い墓地だった。 「…っどこだよ、ティム!」 いい加減苛立ちが募って、少年はぶつぶつと悪態をつきながら墓場を見渡した。 すぐ傍には手製だろう、木の十字架がいくつか立っており、その周りには花が咲き誇っている。その場所を除けば、墓場はずいぶんと荒れ果てていた。ずいぶん前に捨て置かれてしまった場所らしい。離れた場所に、崩れかけた教会も見えた。ようやく見つけたと思ったティムがこの近くで姿を消したのだから、おそらくここに迷い込んでいるはずなのだ、と思いながら少年は目を凝らし、周りを見渡す。 そもそも 無意味に急にスピードアップしてみたり 姿を消してみたり 猫に食べられたり 姿を消してみたり 姿を消してみたり するというのは一体どういうことなのだろう。 (反抗期…?) 少年はそのぞっとしない考えに自分で顔をしかめ、ふかくため息を付いた。このままじゃ、目的地に着くのはいつになるかわからない。 「ティム〜」 出てきてくれよ… 力なくつぶやく。 頼むから!と下出にも出てみる。 と、不意にそこにコツリと足音が響いた。 「なにしてるの」 アルト。 少年は驚いて振り向いた。 まさか自分以外にこんな場所に来る人間が来ると思わなかった。 「あ…」 振り向いた先に立っていたのは黒く長い髪を後ろに流した女性だった。 「さがしもの?少年」 彼女はかすかに目を見開いてから微笑んだ。 黒い髪が肩の辺りで揺れる。 少年はどぎまぎと、あ、はい、と頷いた。別に後ろめたいことはないのだけど。 「こんなところに、あるものなの?」 「あ…多分」 自信がないのは、ティムがあまりに自由奔放に飛んでいってしまうからだ。 「え、と、あの、見かけませんでしたか?こんくらいの、丸くて飛んでる…」 だめもとで、彼女にたずねてみる。 手で大きさを作ると、彼女はいやーどうかしら、と首をかしげ、ふと目を見開いた。 「…少年、後ろに多分それが飛んでるわ」 「えっ」 言われて振り返る。 暖かい日差しを受けたその荒れ果てた墓場に、ゆうゆうと、ティムキャンピーは浮遊していた。少年の前を横切ると、崩れかけた墓石にとまって、尻尾を振る。 「ティム!」 慌てて手を伸ばすと、ゴーレムはギギギ、と鳴いて飛び上がった。そのまま、少年のまわりをふわふわ飛び、つかまえようとすればその手をかいくぐって逃げる。手を伸ばす。逃げる。手を伸ばす。逃げる。 「…ティム…」 「大変そうだね、少年」 そばで見守っていたらしい彼女が心底、という様子で言った。その彼女の肩ちかくにティムが飛ぶ、けれど彼女が目を見開いて手をのばすと、すぐにまた逃げた。彼女がびしりとアレンの背後を指差す。 「少年!そっち行った!」 「あっ、はい!ティム!あ、こら!」 「おぉ?!」 シュピシュピとこんなときばかりスピートアップして、ティムが少年と黒髪との間を高速で移動する。頭のすぐ上を通ったティムに彼女は変な声を上げてあーあーと笑った。あはは、これじゃ少年も大変だ。 結局、数十分もこの不毛な鬼ごっこを三人(二人と一匹?)で続けた結果、座り込んでしまった二人に近づいてきたゴーレムは、飽きたのか自ら少年の頭の上へとおさまった。 「ティ、ム!」 ギギギと鳴くその姿には、反省の色も見えない。むしろ、遅いよとでも言うかのように、尻尾で少年の頭を打つ。荒い息の中で、少年はがっくりと肩を落とした。 「…お前って…」 呆れて声も出ない様子の少年に、同じく荒い息の彼女はあははと笑った。 「良かったわね、探し物見つかって。大変そうだけど」 「はい」 ほんっとうにありがとうございますごめんなさい、と頭を下げると、彼女は楽しかったからいいの、と手を振る。よい人だ。 「あの…ちなみに、どっちに行けば街に出れますかね?」 たずねると、あぐらをかいたままこっちよ、と彼女はその白い指先で森の中の細い小道を差した。 「ありがとうございます」 この道か、と確認してもう一度頭を下げると、ふいに、その上に手が置かれた。 見上げると、女性が頬に汗を浮かべやわらかく微笑んで此方を眺めている。 「あの…?」 「少年、名前は?」 たずねられる。 「…アレン・ウォーカーです」 そう、と彼女はやわらかく微笑んだ。 次の瞬間 「…えっ」 「素敵な声」 アレンは彼女に抱きしめられていた。 突然のことに目を丸くすると、彼女は身を離して笑う。ひどく嬉しそうに。 「ごめんね」 「あ…いえ…」 アレンがどぎまぎと言うと、彼女はやわらかく微笑んで、その額に口付けた。 「じゃあね、アレン・ウォーカー。気をつけて」 「会えてよかった」 そのまま立ち上がり、驚いて硬直しているアレンに背を向けると、墓場の奥へとさっさと歩いていってしまう。 「…」 見送るアレンの耳元に、それは透明にそしてやわらかく響いた。 左腕を大事にね、少年 目を見開いて彼女の後姿に何かを問いかけようと手を伸ばすよりも早く、彼女の姿は墓場の奥へと消えていった。 頭の上のティムキャンピーが、せかすようにギギギと鳴いた。 |