「あーなかなか難しいわ」


妙な声で目が覚めた。
普段目覚めというものは常に気を張っているせいか瞬時に指先の感覚まですっきりと研ぎ澄まされるものだったのだけれど、最近あるときに限ってそれはゆっくりと、水面から浮き上がるにまかせるような感覚でもって訪れる。あるとき。他人の前で気を緩めるなんてなんて迂闊、しかもそれが奴とくればいっそ不快に思う。一体どうしてあんな騒々しい阿呆の前に限って安眠できるのだろう。甚だ疑問だ。

ゆっくりと瞬きをすると、くい、と髪が引っ張られた。

「…なにやってやがる」
「あ、起きちゃった」

かすれた声と共に身体を起こせば、予想通り能天気な声が聞こえた。いつのまに部屋に入りやがった。また、束ねた髪がくいと引かれる。動いちゃダメよ、とバカが声をあげるが知ったこっちゃ無い。けれど

「…?」

ふ、と目に入ったものに首をかしげる。キラキラと光るそれら。 が手を伸ばしその中の一つ、赤いリンゴを模したものを取った。

「メリークリスマス神田!」
「…」

リンゴの飾りの横にあほ面が並ぶ。
クリスマス。日本を出て長いとはいえ、あまり馴染みの無い風習だ。一体何の日だったか。うー、と唸りながら頭を振る。不思議だ、頭が変に重い気がする。寝起きでうまく回転しないなんて珍しい。よっぽど深く眠り込んでいたのか、の前で。

(…自殺行為…)

毎度毎度、一体何度死線をくぐりぬければ良いんだこの身体は。
しかも、今日はなんだやけに頭が重い、

「あ、だめだってそんな頭振ったら!」

バカがばっ、と神田の頭を両手で押さえた。両ほほをきつく挟まれ、と向かい合う形になる。の目が丸まり、一拍置いて唇が震えた。

「…ぶ、っさい」

く、まで言わせず刀を抜く。さっさと手を離せあほう面。は肩をすくめて手をはずした。それでも気遣わしげに神田をちらちらと見る。前からだがおかしな奴だ。

「俺が好きに動いて何が悪いっつーんだアホ」
「神田…」

は切なげに目を細めた。

「そんなに無理しちゃだめよ、もう前とは違うんだから」

意味のわからない言葉とともに、そ、と手を握られる。驚いて強張ったからだをほぐすように、がその手をぐっと自分の胸の前に引き寄せ、柔らかく微笑んだ。バカ野郎、なにすんだ。眉を寄せた神田の前で、は至って真剣な様子で小さく頭を振った。

「今は、神田は神田ひとりだけの身体じゃないんだから…」

ね?と唇につん、との指が当てられる。バ、バカ野郎とうとう狂ったのか、お前。思わず後ずさると、がニコ、と笑った。なんだこれ、おかしいだろう。もう一歩後ずさる。と、おかしな音がした。カラカラと何かがぶつかり合い揺れているような…後ろを振り向いても何もなく。を見ると、しまった!という風にあからさまに顔をしかめてから、ニコ、と引きつった笑みを見せる。

「か、神田…」
「お前何かしたのか」
「っあーあー、ほら、あれよ、言ったでしょ?今はー神田は神田ひとりの身体じゃないんだって…ねっ!あれよ、ほらほら、今日はね、」

え、えへへ、じゃーん。間抜けな声と共にがさっき手にしたリンゴを見せた。神田はの手から床に散乱したそれらに視線を移す。そうだ、なんだこの奇妙な置物、一体なんでこんなに。

嫌な予感がする


「ほらー教団って無いじゃない、アレが、アレ、アレね、あのーせっかくクリスマスなのに!アレがないのはね!いけんということで!神田にね、そのー、協力していただければなぁ、ってね、皆のためにね、皆のアレとして、ね、あははは」

はだらだらと言い訳のようなものを述べ立てながらくりくりとリンゴを指で弄繰り回した。

「…あれ、って、なんだ…」

が引きつった笑顔のまま固まった。六幻をつきつけるとビクリと肩を揺らす。


「………
クリスマスツリー?
「あ?」
「………………クリスマス、ツリー?」

えへ?とが小首をかしげるのを見てから、神田はばっと片手を自分の髪に回す。手に感じる硬い感触と違和感。…これは。これは…!!


「俺は木じゃねぇだろこのボケエェェエェエエェッッッ!!!!」
「ギャーッ!!!」



手に触れたそれを思い切りむしりとってバカ女に投げつけた。星の形を模していたのか、の顔にチクリと刺さる。

「ギャー痛い痛い!刺さった!痛い〜神田痛い〜!ばーか!!ハゲハゲ!!」
「ぶっ殺すぞ!!」

人の頭をツリー代わり?!阿呆か?!阿呆だな!思い出した、クリスマスってあれだろ、神だかなんだかが生まれた日だろ、誕生日にこんなやつ野放しにしといていいのか、よくねぇな、オラさっさと殺れ!今すぐ殺れ!!雷でも何でも良いから落とせるもん落としとけ!

「ラ、ラビ!お色気作戦失敗だったわ!(ていうかちゃっかり隠れやがって!)」
、お色気ちょっと足りなかったさ!手握るくらいじゃユウはバカだからダメさ!(でもそれ以上も俺的にアウト!)」
「いやがったかこのアホ!お前もこっち来い!!」

窓の外へSOSと叫んだの視線の先に片目の阿呆を見つけて、そいつの首根っこも掴んでやる。ギャーと悲鳴を上げたが知ったことか。こいつらのばかげたふざけあいに巻き込まれて、黙ったままで居るものか。


手を握られて、少しでも動揺してしまった自分が…ッちくしょう!
(ていうか誰がバカだ殺すぞ!)



神田は怒りで震える手に握った六幻を発動した。






Merry Merry Christmas !!

飾りつけ
(と深い眠りとリンゴと乱闘)



とラビとで神田をからかうのはいつものことです。
神田をツリーにしようとしたのは
本気40%ふざけ60%でした。
怒られるとわかっていても、やめられない!

神田メリークリスマス!(いい笑顔)